空気は吸って吐くもの(ドラマ「凪のお暇」より)

周りを見渡すと、自分の気持ちや考えをはっきりと表現するタイプの人もあれば、なかなか本心(本音)を表現しないタイプの人もいるのだなと思います。ひとりひとりに美学や信条があるのかもしれないなと思いつつ、そのひとの生きざまをもう少し知りたくなることが多いのは、職業柄も関係しているでしょうか。

 以前、乳幼児健診の仕事に就いていた際、2歳未満の子どもの様子で私が特に注目していたのは、“おもちゃの取り合いをどんな風にしているか”でした。欲しいおもちゃを他の子が持っている時に、(最初は貸してもらう術など知りませんから)ちゃんと取りに行くのか。そして、抵抗されたり、反撃されたとき、どのような様子を示すのか。また反対に、遊んでいるおもちゃを急に取られたとき、どのような表現や対処をするのか。この場面にコミュニケーションの源泉が凝縮されているように思うのです。

しかし昨今は、ここに早い段階で多くの親御さんが参入してこられます。特に子どもがおもちゃを取る側になりそうなとき、間に入り、その行動を阻止されることが多いのですが、取られる側のお子さんに“貸してあげようね”と説得する場合もあります。(親御さんの思いも重々承知しており、思うところはいろいろありますが、長くなるので割愛します)

 長い目で、コミュニケーションを考えたとき、まだことばが備わっていないこの時期に、しっかりと心(気持ち)を基に全身で欲求を表し、(うまくいくこともあるでしょうが)しっかり抵抗したり(されたり)、時には反撃したり(されたり)して、もみくちゃになっておくことが大切だと思っています。そして、そのなかで、まずは自分の気持ちを大事にしながらも、相手の様子もみながら、気持ちや行動をコントロールし、うまくいく方法を編み出したり、学んだりしていくのではないかと思うのです。

 人は、ことばの発達とともに、自分の気持ちや考えをことばで表現することが暗黙の裡に社会的な要請となっていきます。成長とともにコミュニケーションはどんどん高度になり、そして、心と身体でぶつかる人間関係は問題視されるようになりがちです。

この夏「凪のお暇」というドラマがありました。主人公の凪さんは、周りの空気を読んで、合わせてきた人。やがて、空気は凪さんの心身に行き届かず苦しくなり、会社を辞めて、自分のためにお暇を取ることを決めました。このドラマのかなり最初の方で、「空気は吸って吐くものなんだ」という決意のようなセリフがありました。私はそれを聞いて、「自分の中に浮かんだ気持ちを外に向けて表現するのは自然なことなんだ」というようにも受け止めました。

みなさんのなかには、「人生は控えめに、静かに過ごしていく」という方もあると思います。しかし、もしも今、自分の気持ちを言わない(言えない)ことで、苦しい、しんどい日々を過ごしておられるなら、安全な場所、信頼できる人との間で、少しずつ表現してみる練習を始めてみませんか。思っていることのすべてを言えばいいわけでもありませんし、うまくいくこともいかないこともあるだろうと思います。それでも、ある日ふと気づいたら、少し息することが楽になっていたらいいなあ、そのお手伝いができればうれしいなと思っているカウンセラーが学生相談室にいます。よかったら、まずはのぞいてみてください。

(カウンセラー 中川)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です